一念発起、遂に重い腰を上げて “脱・青森” に踏み切って念願のヒラタクワガタを採集したのは5ヶ月前の事でした。
季節変わってこの時期、もう一つの憧れのクワガタがシーズンを迎えています。
それは、コルリクワガタ。
青空の下、残雪の春山でブナの新芽を飛び交う様子をいつか自分の目で見てみたいと長年想い続けてきました。青森にはルリクワガタがいますが、こちらは新芽での観察は夢のまた夢で、野外活動個体は材表面を歩行しているかビーティングするかでごく稀に見つかるレベル。
本州以南に広く分布していると云うのに北限が岩手県と秋田県と云う歯痒さが、一段と憧憬を増幅させられる一因でもあります。
そんな中、5月半ばの連休が好天に恵まれ、前回の和歌山採集で多少なりとも遠征慣れした事もあってコルリにも挑戦してみようと、再び青森を脱する決意を固めました。
5月11日
深夜1時、自宅を出発しました。
今回の採集は、隣県と云う事もあって日帰りを想定。陽が昇ってすぐ山中に踏み込めるように、早朝の内に現地に着こうと云う算段です。前日の仕事を定時で無事引き揚げ、帰宅後は22時まで寝溜めしておき体力を回復(でも採集道具の準備積込みは全て出発直前!)。アラームが利かずにうっかり朝まで寝過ごすようなポカを犯さなくてホントによかったと思っています。
遠征前の腹ごしらえとして、すきやに立ち寄って牛丼を腹におさめます(注:いくら青森でもちゃんと牛丼屋は24時間営業していますよ)。
青森県内は夜中の車通りが極めて少ないので、ひとまず岩手入りするまでは下道を使い高速料金を節約します。
南部方面経由で二戸市から岩手県入りした後、滝沢インターチェンジから東北道に合流し、一気に南下。
盛岡市に入った辺りで連絡が入りました。
某氏 「起きてますか?」
フフフ、ちゃーんと起きて盛岡まで来てますとも!
東の空はもう白み始めていました。
周囲も明るくなってきました。高速道路を降りて目的地へ迫ります。
間もなく辿り着いたその場所は―――
岩手県 西和賀町。
県西部、秋田県と接する奥羽山脈脊梁部に位置していて、岩手県屈指の豪雪地帯の一つです。
車を停めて、長かったドライブの疲れを抜きつつ道具の準備をはじめます。
スマホにこれから向かう場所の地図を読み込ませていると、1台の車が横に停まりました。
No.7 「お疲れぃ~っす」
実は今回の採集、自分一人の “行き当たりばったり” 採集ではなく、コルリの新芽採集の経験があるNo.7との2人組採集。先ほどの連絡も、「会長が夜寝入って採集予定が白紙になるのでは?」と心配してのものだったのです。
今いるこの西和賀町は、コルリクワガタの産地として注目すべきニュースが近年報じられたばかり。No.7は前年に同エリアで本種を採集した事で、生息環境や発生時期について見識を備えています。その知見を基に、今回の採集に向けて何度か打ち合わせをしていました。
その中で、「既知の産地で採ったって無意味!」と云う両者の意見の下、採集記録の無い全く別の山塊で本種を探そうと云う事になったのです。
そうです、新規開拓をしようって言うんです!
なお、ポイントの選定・行程計画は全て自分である!
(これは・・・ “行き当たりばったり” ではないのか!!?)
装備を整え、車を置いて徒歩で山に入ります。
新芽採集を想定しているので、採集道具は基本的に網(自分:短尺、7:長尺)としますが、もし新芽採集の時期がズレていた場合に備えて斧・鉈もリュックにしまっています。山奥に分け入る手前、双方とも熊スプレーを携帯。惜しむらくは、飲料水は持ったものの、
服装は双方ともつなぎ・トレッキングシューズ着用ですが、自分は加えて前から試してみたかった実験として「ゼブラ柄のパーカー」を羽織ってみました。以前どこかで、『シマウマのあの模様はハエなどの邪魔な虫を寄せ付けない効果が有る』と云う説を読んだ事があり、双翅目のしつこいこの時期にこれを着る事で変化があるか見てみたかったのです。余談だけどこのパーカー、レディースだぞ。
そしておまけに、未だ勿体ぶって部屋に飾りっぱなしだったこの「松阪牛霜降りタオル」を遂に解禁! 結果的にライオンにメチャメチャ狙われそうなビジュアルになってしまいました。ここがアフリカのサバンナでない事がせめてもの救いです。
(タオルについては【はじめてのヒラタクワガタ採集 ‐前編‐】を参照)
山に入った我々の目の前に、2つの分かれ道がいきなり現れました。
① 正面の、鬱蒼とした薮に埋もれたルート(登山道の表記通り)
② 側方の、鉄柵が付いた法面上を伝うルート(地図表記無し)
No.7は「②の方も先ちょっと見てみません?」と言うものの、「いや、そっちはどうせ法面施工管理用の通路になってるだけですぐ行き止まるだろうから時間の無駄、①に入りましょう」と身の丈ほどの草が生い茂る①へ意気揚々と飛び込みました。
時刻は7時40分を回ったところです。
一面の緑、その下に隠れたゴロ石、枝分かれして広がる灌木。登山道に入ったばかりにもかかわらずこの荒れようは、前途多難である事を確約していると言っていいほどでした。しかも、コルリの生息が期待される標高に上がるためには尾根筋にまず合流しなければならないのですが、その尾根筋に辿り着くまでも時間が掛かっています。ずっと水平に進んでいます。
足元は非常に躓きやすく、薮を掻き分けて進むにも難儀します。地図アプリを開いて位置を逐一確認しますが、かなり時間が掛かっています。この時点でもう先行きが不安です。
やっと尾根筋に辿り着いたと思えば、今度は急斜面。
地図を読んでいた時から覚悟していたとはいえ、それでも戦意を殺ぐのに十分な光景でした。

何しろ、地図には書いてあるはずの登山道が全くと言っていいほど残っていないのです。
傾斜40°はあろうという急登で、笹や灌木を掴まないと登れない区間もあります。地図の高等線もギュウギュウで密です。縦列で登っていきますが、枝が弾けたり石が落ちる危険があるので双方十分に距離をとって進みます。
斜面を登り始めてまだ数分しか経っていないところで、やらかしました。
先頭を進んでいたのですが、若木の枝と間違えて枯れ枝を掴んでしまい、手繰った拍子に折れて後ろに体が投げ出され、約2m背後の立木に激突しました。
左半身を強打し、20秒くらい呼吸が出来なくなりました。痛打したのは肋骨(11番前後?)・左腸骨・左膝で、特に腸骨をモロに打ってしまいましたが、真っ先に心配したのは腰のポケットの中身。スマホは幸いにも右ポケットに入れていたのでちょっと安心しました。そして何よりそのすぐ下にはNo.7がいたので、巻き込まなかった事は本当にラッキーでした(かえって立木にぶつかってよかった)。
身体の痛みで足取りも重いので、ここからは交互に先頭を入れ替わり登っていきます。
人の通った痕跡なんてほとんど残ってない上に、傾斜はますますキツくなってきます。休憩できる足場も減り、ひと息で10m以上を登らないといけない区間も増えてきました。このまま一気に標高を100mほど上がらなければ傾斜が緩くなりません。進むも地獄、戻るも地獄です。
そんな地獄の急斜面のど真ん中で、今度は別のハプニングが発生しました。
No.7 「ッア゛!! やっちまッたッ!!!」
何事かと振り返ると、No.7が顔を押さえてうつむいていました。薮漕ぎしている間に、リュック脇に差した熊スプレーのストッパーが外れてしまい誤噴射。飛沫が左目に入ってしまったのです。
携帯していたお茶を使って洗い流しますが、涙管を通ったスプレー成分によって鼻まで痛みだしたとのこと。
時間をかけゆっくりとお茶で目を洗う事を繰り返し、痛みが和らぐのを待って再出発します。彼の左目は、真っ赤に充血していました。
玉のような汗を垂らしながら急登を登り続けます。
地図を見るとほんのわずかな距離に見えるのですが、標高差が激しくて「かなり歩いた」と思っても(ほとんど進んでない)スマホを見る度に絶望的な気分になります。

相変わらず道は無いに等しいのですが、地面から見え隠れする「何かのケーブル」を道標にひたすら上を目指します。
やっとの事で急登区間を登り切り、標高は550mに至りました。
まだまだコルリの生息標高でない事は分かっていますが、この時点でちょっとキナ臭くなってきました。
何しろ、この時点で時刻はもはや10時を回っています。実は、今回目的としているエリアはこのまま単純に標高を上げていくのではなく、小さなピークを2~3ヶ所経て標高800m以上の場所に向かう行程が必要なのです。標高800mどころか1つめのピークにすらまだ遠く及びません。地図上で距離を測ると目標の標高800mラインまで3分の1未満の距離しか進んでいないので、実質到達不可能と悟りました。
こうなると考えることは一つ、「標高低くてもいたりしないかな~・・・」“一縷の望み” と云うよりはほぼ完全に “妄想” です。
たけのこ(ネマガリタケ)はもう伸びきっているし、周囲の木々は完全に葉っぱが開いています。図鑑や他のブログで見る新芽採集の画のような残雪は、一切ありません。林床にはアリやクモが闊歩し、そこかしこの葉上にはタマムシ類、コメツキ類、アカハネムシ類で賑わっています。景色は完全に夏山です。
傾斜が緩くなったのはいいのですが、いよいよ進むのが大変になってきました。
低標高の尾根筋だと日当たりが良いために灌木と薮が絡み合うような密度で、もはや人が立ち入る隙がありません。薮に身体を預けながら潜り込んでいくような体勢です。上空ではクマバチが乱舞し、足元にはクマの糞が所々に落ちています。
倒木などの枯れ木も見ていますが、産卵痕は普通のルリさえ付いていません。

標高600mに達したところで時刻は11時半過ぎ、南中時刻に達してしまいました。
依然として夏山の様相は変わらず、薮漕ぎ登山の状態もまるで改善の兆しがありません。
失意の我々をあざ笑うかのように、無数のハエとブユがうるさく付きまといます(五月の蠅は・・・)。数として3桁は群がっていて、ハエはいいにしろブユは辛い! 髪の中に潜り込んできて噛んでくるので落ち着きません。ちょっと立ち止まってしまうと瞬く間に取り囲まれてしまうので水分補給もゆっくりしていられません。ゼブラ柄パーカー全く役に立たねェ! 重ねて言うけど、やっぱりここアフリカのサバンナじゃないもんね・・・
木立の合間から遠くの山が見えるようになったところで、決断の時を迎えました。
自分 「・・・帰りますか~・・・」
No.7 「・・・帰りましょう・・・」
まだしばらく先にある第1ピーク、その山頂に見えたのは【しっかりと芽吹き繁茂する木々】の様子。これが “トドメ” でした・・・
しかし、ここから踵を返そうにも、それすら躊躇われます。
道が無い登山道を進んできたので(日本語おかしい)、さっきまで通った場所すら判りません。行く手を遮る木の枝の向きもあって “一方通行” みたいな場所も多かった手前、同じ場所を通れません。
通れそうな場所を見つけて進みますが、地図アプリで現在地を確認すると登山道から少しズレてきている事に気付きました。
慌てて軌道修正しようとするも、思うように戻れずむしろますます離れていきます。
No.7 「水平移動より、むしろ登るくらいの方がいいかも」
そう言って先頭を交代したNo.7が見えなくなりかけたところで、
No.7 「会長ー? さっきの道、発見しましたよー」
登りの時、急登を過ぎたあと一時的に登山道 “のような場所” に入った(ただしその後すぐ自然回帰で消滅)のですが、どうやらそこに運よく合流できたようでした。
これを逃す手はないだろうと、この道を辿って行けるところまで下っていく事にしました。
ところが、しばらく歩き続けるうちにじわじわと違和感を覚えるようになってきました。
道が “終わらない” のです。
それどころか、気のせいか段々と “道がしっかりしてきた” ような感じすらあります。気が付いて現在地を確かめると、なんと地図の登山道から大きく逸れていました。当然、今自分たちが歩いているルートは地図には載っていません。国土地理院の地図なのに・・・
不安は拭えませんが下っているのは確実なので、命運を天に任せ道沿いに歩くしかありません。
道があるとは言え、尾根から外れただけあってさっきより急斜面です。
まだ慣れない新品のトレッキングシューズを履いてきたせいで、靴擦れが起きて爪先に激痛が走るようになってきました。目の充血が治まってきたNo.7を先に行かせ、自分は休み休みゆっくり下るようになりました。
そうして休憩を繰り返す中、とある樹に付いたつるの葉上に石粒のような虫が付いているのが目に留まりました。最初は爪先の痛みと疲労感でボーっと見ていただけでしたが、4~5秒後には驚きに変わりました。
自分 「・・・・・・!? マダラ!!!!」
大声に驚いたNo.7も慌てて戻ってきました。

野外活動中のマダラクワガタを発見したのは初めてなので、興奮まじりで撮影に興じます。単なる偶然ですが、「よくこんな小さいのに気付けたなァ」と不思議でしょうがない心境です。
ただの山登りと化していた今日の採集で、自身唯一の採集品になりました。
No.7も感化されたのか、

その後目に留まったリンゴカミキリを土産にしていました。
マダラクワガタといい当地の様子といい、低標高地とは言え季節の進む早さを痛感しかえって諦めが付きました。
さて、その後ですが
どこへ行くのか分からなかったこの登山道が徐々にスタート地点に近付いている事が判りました。
足先の痛みを堪えながら歩き続けて間もなく、
先を進んでいたNo.7が立ち止まってこちらを待っているのが見えます。まさか・・・!
No.7 「見てくださいよ ⇒」
指差す先には人工物が色々と見えます。
ここで全てを理解し、2人揃ってその先へ向かいました。
そして、あっという間に到着した場所は・・・
スタート地点だったのです。
そう、山登り開始地点で現れた2つの分かれ道 ①と②。
どうせ法面管理用の通路で行き止まりだろうと思い無視した②の方、まさにそこへ戻ってきたのです!
しかも、時刻はまだ12時50分。たった1時間で戻って来られたのですから、2人揃って脱力。苦笑いですよ。
あまりに早く戻れてしまったため「別のポイントに行ってみるか?」と云う案も出ましたが、お互い身体にダメージが残っていた事もあり早々に却下。近くの自販機と売店に立ち寄ってドリンクとソフトクリームを口にし、疲れた体を労います。結局何一つとして成し遂げてないんですがね・・・。
「30歳過ぎると体の治りが遅くなって――」などとオジサン的会話やら、西和賀の土産選びや今年の夏の予定など話してワーワーキャーキャーした後、早めに休養を取ろうと云う事で14時前に解散しました。
No.7と別れた後は北上市内でチーズケーキを買いに寄ったり、中古車探しをしながら花巻インターチェンジから本格的に帰路に就き、睡魔に襲われながらも無事に帰宅したのは20時半。
とにかくドロドロだったので真っ先にシャワーを浴びにいったのですが、膝は血まみれ、強打していた腰は大きく紫色に変わっていました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さてその直後、採集話もホットなうちに・・・と云う事で、
その晩いつものメンバーで集まり日中の苦行の顛末を披露しました。
自分 「・・・・・・っていうカンジだったのよ」
No.6 「No.7さん 可哀相ッ・・・!!」

つづく・・・?
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