青森県のヒラタクワガタの謎 ―補足と裏話―

先日発刊されたBE-KUWA92号にて、「青森県のヒラタクワガタの謎」と題した記事を掲載してもらいました。今日は、その記事では書ききれなかったいくつかの補足や小言を書いていきたいと思います。


BE-KUWA92.JPG
なお、記事の内容そのものについては、BE-KUWA本誌の方を買ってお読み頂ければと思います。
・・・その前にひとつ、各方面に陳謝致します。

ミヤマ特集だったのにこんなヒラタの記事を入れてしまって申し訳ありません。
個人的に、最初の目次を見たところで凍りつきました。筆者目線で見ると、「特集関連記事」と「各連載記事」の2グループが在る中で完全に浮いてますねェ。“迷子” 感が強いです。そんな迷子がまさかブログを細々と書いていて、さらにそこでグズグズ言い訳するなんて、BE-KUWA読者の何%が気付くのでしょうか・・・


さて、雑誌の方へ投稿した経緯から書いていきます。
(あ、ちなみにBE-KUWA新刊が出る度にいくつもの専門店がメルマガとかでお知らせしてくれてるんですが、フォーテックさんはメールニュースの中で「目次の抜粋の一つ」にわざわざウチの記事を選んでいただきました。ありがとう御座います! あと、G-pot 30周年おめでとう御座います! 和歌山、最高です!)


記事を書くにあたって
書こうと思ったきっかけは本誌に書いた通りです。
以前青森産コクワを調べた時に副産物的に見つけたヒラタの記録が頭に入っていたので、「これに特化して調べた人がいなかったんなら自分が書いてまとめたろう」と思ったワケなんですね。
ただ、古い上に直接的なデータではない「1例目の記録」については特に、関係者の関連著書まで手を広げて調べ直しまとめる作業が必要となり、そこから当時の事情や時系列を繋いで考察するといった展開になりました。正直なことを言うと、最初に考えていたよりもこの件はずっと複雑だったのです。それに加え、当時のクワガタ事情を一旦説明する必要までありました。
そして出来上がった原稿は・・・「考察記事」でした。自分でも、あれ? 内容がBE-KUWA向きじゃねェぞ!? と思いましたね。案の定、その点を指摘されまして、さらに長い文章構成をツッコまれました。

「ブログやってんのならそこで書きゃいいじゃん」・・・と思った人も多いでしょう。確かにそうですよ! 文字数制限も無いしね。でも一昔前と違ってブログ全盛の時代じゃないし、青森県のヒラタの記録について「現代の全国誌」で触れられた以上、同じ媒体で発信しなければ認知が統一されないと思えたのです。

そこで、急いでその原稿(仕上がり4~5ページくらい)を1ページにズバッと削った上で再構築し(徹夜です)、考察記事を単発コラムのような形にしてOKを頂き、掲載に至ったのです。
まァ、その所為もあってなんだかタイトル詐欺になってしまったような気がしないでもないですが、ご了承頂きたいところです。


東奥展 補足
東奥展の説明において「靑森博物研究會」の存在が宙に浮いてしまっていたので、こちらで補足説明をしておきます。
記事中では、この研究会が蒐集を請け負っていたとありますが、会自体が直接蒐集を請け負ったのではありません。蒐集を請け負った方々のほとんどが研究会の会員・役員だったことから、正確に言えば「実質的に研究会が請け負ったようなもの」と云う話です。その所以から、靑森博物研究會が発行した「靑森博物研究會時報」ではこの催しの宣伝や内情を会務報告として報じていました。
BE-KUWA誌面では記述していませんでしたが、渡邊福壽氏はこの会の創立メンバーで、東奥展での役割について以外にも、昆虫(特に甲虫)を紹介する記事を同会会誌へ多数寄稿しています。その中で、八甲田・十和田界隈の関連記事が多くを占めていました。そもそも、渡邊氏は営林局の職務として昆虫を採集・記録していますから、ヒラタがいるにしてもその可能性の考えられる低地・平野部の採集は(ほとんど)行なっていないと考えられます。その点も含め、「東奥展のヒラタは別種の可能性が高い」と考える方がベターなのです。

加えてそもそも、東奥展の出品名目が「ヒラタクハガタ」なのかも判然としないのです。
「東奥展にヒラタが出品されてました」と書いたのはテレァコのあの記事のみで、他の書籍や当時の新聞記事(東奥日報)にもクワガタに言及したもの自体がありません。昆虫の出品500種のうち、甲虫は118種もいるのでクワガタも数種くらいは含まれているんでしょうが、何せ90年も前となると主役はチョウとトンボが圧倒的2強。新聞では出品目録も出ていましたが、流石に全部は載ってなくて、チョウとトンボでほとんど埋まってました・・・

当時の展示品がどうなったのか定かではありませんが、いずれにせよ現在は見る事は叶わないものと思われます。当時のものは営林局で管理されていたと考えられますが、所蔵施設は現在存在せず、渡邊氏もその後すぐ東京へ移り住み早世してしまっているのです。


当時の記事のクワガタムシリスト
BE-KUWA記事では「文献にコレが入ってなくてコレがアレで・・・」みたいに詳しく書きませんでしたが、登場文献で紹介のあったクワガタをリストにして以下に羅列しておきます。

「テレァコ、『縣産鍬形虫』」
 ・クハガタムシ(ナミクハガタ、コクハガタ)
 ・ヒメクハガタ
 ・ノコギリクハガタ
 ・ミヤマクハガタ
 ・スヂクハガタ
 ・アカアシクハガタ
 ・オニクハガタ
 ・オホクハガタ
 ・ヒラタクハガタ
他、本州産としてツヤハダクハガタ、ルリクハガタ、ネブトクハガタ、マメクハガタ、チビクハガタ、マダラクハガタが紹介されています。また、ここで紹介されているヒメクハガタは、「ヒメオオクワガタ」ではなく、紹介文の内容から「コクワガタの小型個体」を指しています。

「蟲の世界、『靑森縣産鍬形蟲科に就いて』」
 ・ミヤマクハガタ
 ・ノコギリクハガタ
 ・オニクハガタ
 ・コクハガタ
 ・アカアシクハガタ
 ・スジクハガタ
 ・ヒラタクハガタ
 ・オホクハガタ
 ・ヒメクハガタ
 ・ルリクハガタ
 ・ツヤハダクハガタ
前項とは違って、こちらのヒメクハガタは現在の「ヒメオオクワガタ」の説明になっています。


2例目 補足
記事にも書いたように、これは行政内部の検討用資料という代物で、図書館では見る事ができますがあまり知られたものではありません。資料の中身を見ると、
・調査期間は短く、強行日程だった
・調査報告の提出は1978年9月
また、動物関連の分野を担当された方は鳥が専門で、当時の標本も残っていないと思われます(終始「思われます」ばっかりですみません・・・)

1例目の十和田・八甲田界隈と比べると、ヒラタの可能性を考えたらこちらの方が土地環境的に “有り” だとは思うのですが、深い森も山も無いこの地域(つまり採集や調査が身近で容易)でその後の採集例が無いというのは・・・やはりそういう事なのでしょう。

なお、この資料に記録されているクワガタムシは
 ・ノコギリクワガタ
 ・ヒラタクワガタ
 ・アカアシクワガタ
 ・コクワガタ
の4種です。(ここにミヤマは・・・いるかなァ~?)

また、調べた限りのクワガタ関連の報文にこの資料を引用したものは見つかりませんでしたが、隣町・おいらせ町の合併前に発行された「百石町誌 上巻」でこちらのデータが引用されています。


魑魅魍魎の青森ヒラタ
実際に文献に登場した2例以外にも、噂話などはいくつか見聞きしています。

その1
「平舘村(現・外ヶ浜町)の港で見つかった」

これはファーブルハウスの鈴木店長が昔お客さんか誰かから聞いた話で、流れとしては『木材搬入の際に搬入元の地域からくっ付いて船で運ばれてきたのでは?』というヤツ。
木材を海路で運んでクワガタが紛れ込んでくるって話はリアルな感じもしますし、同様のケースが他地域でも起こり得るのですが、本件に関しては「平舘ってどっちっつーと木材(ヒバ)を輸出する側だしわざわざ海運で運び入れるような地域か?」と思ってしまったのですが・・・どう思います?

その2
「津軽地域のホームセンターで『黒石ヒラタ』と書かれた生体が売っていた」

これは自分の体験談です。多分このブログでも大昔に書いた気がしますが、小学生だった2000年2001年の頃にペア売りで複数ケースで積まれていたのを見たんですよ。頭の中が「?」でいっぱいでしたが、♂の見た目がサキシマか小さいスマトラのそれで、「ホームセンターってクソだな」と云う感想を持った事が今も記憶に残ってます。


他にも、「分布範囲外のエリア(東北)」と云う点で同じように、某お隣県でもトンデモ産地のヒラタを採ってて(しかも累代して販売したとか!)、今後も客観的に正体が分からないヒラタクワガタが出てくる可能性があります。
西日本などでは、真偽不明のやたら体格のいいヒラタが採れたりだとか、無法地帯になりつつあるようで溜め息が出てきますよね。





おわりに、
とりとめもなく書いてきましたが、今回取り上げた文献・資料はいずれも古いものばかりで、記述以外に写真もイラストもありません。当時の標本が出てくる可能性はほぼ無いと思われ、その状況はこれからも変わらないでしょうから、個人的にはこうした尻切れ記事であっても一旦世に出して世間の目に触れさせておく価値は十分あったと思います。








あ~すっきりした~! さて・・・
俺もミヤマ採りに行こっと!

この記事へのコメント

  • ぶなまつ

    読ませていただきました。雑誌に載るなんてすごいじゃないですか(^^)/久しぶりに買ったビークワ、会長さんの記事があったので驚きました。
    2024年07月14日 04:06
  • 会長

    ぶなまつさん、こんにちは!

    なかなか難しいネタだったので、たぶん最初からあの掲載分くらいの短い原稿だったら断られていたでしょうねぇ。
    久し振りに購入された誌面でお目に触れて頂けて幸いでした!
    2024年07月14日 12:01
  • とんきち

    こんにちは。
    BE-KUWA見れてなくてすみません。
    昨年出会った方は、津波や水害など起きた際は倒木の流出でクワガタが一緒に中に潜んだまま流れ着くと聞きました。
    ただ、個体数としては少ないので永続的に繁栄することは難しいのではないかとの話でした。

    3.11の件で色々と流れ着く話は見かけるので、なきにしもあらず・・なんでしょうか。
    BE-KUWAまだ一度も観たことがないので買う機会があれば、、

    三重から買ったヒラタが室内だと普通に氷点下を2回乗り越えたので、適応能力は高そうに感じます。
    2024年07月23日 11:41
  • 会長

    とんきちさん、こんにちは

    海流に乗って分布を広げる例は、クワガタで言うとマメクワガタなんかが有名です。また、大型のクワガタでだと紀伊大島や八丈島のコクワガタもその説があります。ただ、青森までとなると距離や海流の違いもあって、西日本や関東近辺などよりずっと大変で遥かに難しいのはその通りですね。

    興味深い体験談ありがとう御座います。自分も今年から和歌山のヒラタをブリードするのでスペースに余裕が無ければ常温飼育でいこうと思います。

    あと、BE-KUWAもそうですが知識の吸収の為に本は買いましょう。意外と新書より古書の方が良かったりするものもありますよ。
    2024年07月23日 13:11
  • とんきち

    最近メールできてないのでこちらでお話ということで、、

    マメクワガタは地味めな種類でブリードする方は少なそうなイメージがあります。

    三重のヒラタはヒメオオの如く室温15℃くらいでもバカみたいにゼリー食べてました。ですが、先日2年半くらいの寿命を全うしました。
    ♀の産卵は1日ほど室温28~30℃の環境に置いてからスイッチ入ったようで、その後は22℃くらいでノコギリのように産卵しまくってました。
    ただ、産卵させ過ぎたせいか昨年早くも亡くなりましたので、欲張らず休ませるのがいいかもしれません。

    本を買いたいのですが、読むのが苦手なのと物を整理するのも苦手なので、控えめにいきたいなと思っております。

    今年はうまいことライトトラップのタイミングがとれず、夜勤のため回数がこなせずヤキモキしています。
    2024年07月24日 10:33
  • 会長

    理想の上ではマメクワガタは和歌山に行った時に採ってきて今頃ブリードしている予定だったんですけどね・・・この手のクワガタは我々北の民には縁がなかなかありませんもんね。

    ヒラタって暑い地域の虫のくせに低温に強いってのがまた何とも危なっかしい虫ですね。だからこそ、もし北東北で発見されても僅かながら必然性が拭えない気持ち悪さがあって厄介です。飼育する我々も逃がしたりしないように細心の注意を払う必要がありますね。

    仕事と趣味のバランスってのもなかなか上手く保てないものです。当人がどのくらい趣味人間なのかでそのベストな比率はそれぞれですが、今の仕事のスケジュールに趣味を合わせるか、合わない分趣味を抑えるか、仕事を替えるか、我々の年齢ならまだ選択肢は残っているのではないかと思います。夜勤の場合、夜に動けない代わりに昼採集(ヒメオオとか)には都合が良いなと思ったりします。虫の趣味も色々なので、何の仕事を持っているかで、長所も短所も変わりますね。
    2024年07月24日 22:36